わが町

夏の御開帳

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一昨日の9日は、隣町(野木町)の国道4号沿いにある在家堂で、観音様の御開帳。何とか時間をやりくりして、お参りすることができた(お仕事用のスーツ姿だったが…)。

お堂で番をしていた地元の方が、4月の御大師様の御開帳にお参りに来た私のことを覚えていて下さり、しばし世間話。

近くで観音様の定期開帳はあるのかと尋ねられたので、私の住む町内で、8月の最終土曜日に地元の夏祭りを兼ねて観音堂が御開扉になることを伝えると、ちょっと驚かれた様子。
栃木県内で、貴重な御開帳の伝統が失われつつあることを改めて実感する。

ただ、ここ野木町の方々は、「何とか御開帳を続けていきたい」と、いろいろと策を考えているご様子。「御朱印をした方が良いのでは」という話も出ているようだ。実現は先のことになりそうだが、地元の人の伝統を守ろうとする熱意が伺えて、頼もしい。「地元の御坊様や神職さんが、何かにつけて後押しして下さる。何とかして御開帳の伝統を守っていきたい」と話しておられたのが、印象に残る。

次回の御開帳は来年の4月21日。

隣町でプチ大師巡り

お出かけ わが町 寺社巡礼 弘法大師霊場 日記 送り大師

今日は月遅れの「お大師様の日」。

隣町の国道沿いに建つ観音堂で、毎年恒例のお大師様の御開帳が行われる日なので、今年もお参りに出掛ける。
例年同様、国道端に御開帳を知らせる赤い幟が立ち、地域の方がお参りに来る人を迎えている。


いつものようにお堂に上がらせて頂き、ご本尊の観音様の前でお勤めをさせて頂く。脇侍としてお地蔵様とお大師様が祀られており、今日は3体とも開帳されていた。

お勤めを済ませ、地域の方と雑談をしていると、このお堂から車で数分の距離にある真言宗豊山派のお寺にある大師堂でも、御開帳の行事があると教えて頂き、そちらにもお参りすることにした。

ここでもお寺の境内には御開帳を知らせる赤い幟が立ち、地域の方が茶菓の接待をされていた。
お堂に上げて頂いてお勤めを済ませてから、お茶をご馳走になる。隣町から来た旨を告げると、そういう人は殆どいないとのことで、ちょっと驚かれていた。
こちらのお寺には塩断ち地蔵も祀られており、そちらにもお参りする。金銅色の座像だったが、初めてみる様式でちょっと興味深い。

お参りを済ませると、お寺の方から、数キロ離れた場所にある個人持の大師堂でも御開帳が行われていると教えて頂き、今度はそちらにお参りすることにした。

教えて頂いた道順の通りに車を走らせると、少し先に赤い幟が立っている。ここかと思い車を近づけると、正解だった。
こちらの大師堂は、送り大師の札所でよく見られる形式のもので、3尺四方くらいの小さいお堂の中に、石像の大師像が祀られており、「第四番」「大正六年」などと書かれた扁額が掲げられている。

お堂を守る御家の方にお話を伺うと、「昔は地域を挙げての大師参りの行事があり、露天商なども出てそれは賑やかだった」と過去の様子を教えて頂いた。
年月の経過で文字は読みにくくなっているが、扁額には御詠歌と思しき文字も書かれており、先ほどのお話と合わせると、かつてはこの地域でも送り大師の風習があったものと推察される。

ただ、扁額からわずかに読み取れる御詠歌は、本四国霊場のものとは異なるようだ。
独自の御詠歌があったのか、或いは送り大師以外の巡礼が存在したのか。

調べてみたいとは思うが、資料が残っているのだろうか…。

そろそろ春本番…

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毎年、冬の足音が聞こえてくると近所のホームセンターに店を構える、季節限定営業の大判焼き屋さん
桜の見ごろが終わりを告げ、春本番を迎えるのと時を同じくして、そのシーズンの営業を終える。

このシーズンは今日が最終営業日ということで、久しぶりに大判焼きを買いに出かける。
同じように考えた人が多いのか、お店の前には結構な列ができていて、店頭には「ただいま30分待ち」の張り紙も出ている。
焼くのが間に合わないということか。

注文だけ済ませてホームセンター内で買い物を済ませ、大判焼き屋さんに戻るとお目当ての品が焼き上がっていた。
つぶあんとカスタードクリームを3つずつ、お代は630円也。

ここの大判焼き、掛け値なしで美味しいし、季節営業とはちょっと勿体ない。
次回のオープンが待ち遠しい…。

めったに開かない名店

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家の近所に、店を開けているのを見たことがない和菓子屋さんがある。

前を通るといつも店は閉まっているのだが、季節に応じた一押しのお菓子を記した張り紙はしばしば張り替えられており、閉業したというわけではない様子。

以前から気になっていたのだが、今日店の前を通ると、「桜もち」の幟旗が掲げられ、店が開いている。
妻が気を利かせてお菓子を買いに行ってくれた。

聞けば、大昔からこの地で米穀などを扱うお店だったとのことで、数年前にご主人が亡くなられてからは奥様が店を受け継がれており、体調の良い時などに限って店を開けているという。

妻が買ってきたのは、今日が桃の節句ということもあり、桜餅と草餅、そしてお店の名物というお饅頭。
どれも懐かしい味で、思わずお抹茶を頂きたくなる。

時代の波なのか、北関東の田舎町であるわが町でも、こうした個人経営の和菓子屋さんはほとんど見かけなくなった。いつまでもお店が続いてほしいと願いつつ、次にこのお店の和菓子を買えるのは何時だろうかと思う。

 

身近な御開帳

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昨日は、この夏休み最後の土曜日。近所にある、地元の集会所と兼用の観音堂で年に1回の御開帳が行われる日だったので、今年もお参りに出かけてきた。

このお堂の本尊である観音様は、江戸時代に造られたらしい千手観世音菩薩。像高は80センチほどだが、優しいいいお顔をしている。かつては街道の宿場町だったわが町を、長きにわたって見守ってきた観音様である。

お堂は地域管理で、御開帳も地元の方々によって執行されているが、若い人たちも大勢参加しており、伝統が絶えることはなさそうだ。


 

お参り日和。

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朝からいい天気で、日中は初夏のように汗ばむ陽気の一日。月遅れのお大師様の日でもある。

近所の仏堂やお寺で御開帳が行われる日だったので、出掛けてきた。まさにお参り日和である。

午前中に訪れたのは、2015年の8月に当ブログでも取り上げた、隣町の野木町にある地域管理のお堂。
月遅れのお大師様の日である毎年4月21日に、お堂を開扉するのが習わし。お大師様のご開帳でお参りするのは、2年ぶりである。

訪れると、お堂の前の国道沿いに赤い幟旗が立ち、御開帳を知らせている。お堂の入り口で来意を告げると、上がってお参りするように勧められ、お言葉に甘える。お大師様をはじめ、仏堂の本尊である観音様と、脇侍?のお地蔵様と三体揃っての御開帳。なお、観音様としての御開帳は、毎年8月9日に行われる由である。

午後からは、鹿沼市の廣済寺様にお参り。今日は第3土曜日で、円空仏の千手観音が開帳される日である。
半年近く間を空けてのお参りだったが、円空仏の観音様の優しいお顔は相変わらずで、心が清められる…。

 

33年ぶりの御開帳

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先の週末、出張から帰って自宅で地元紙を読んでいると、「隣町にある観音堂で、ご本尊の馬頭観世音菩薩像が33年ぶりに開帳される」との記事が出ている。
昨日の日曜日は大きな予定もなく、お参りに出かけることにした。

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御開帳は一日限りの由だが、観音堂周辺には目印の赤い幟が多く建てられている。地元の方々はかなり気合が入っているようだ。
「古泉山馬頭観世音菩薩」というのが正式名称のようである。

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御開帳が行われる観音堂は、地区の集会所がある敷地の一角に建つ。二間四方ほどだろうか、小さなお堂はお参りの人で大賑わい。私もお堂に上がらせていただき、馬頭観音様を拝ませていただく。御開帳に併せて修復をされたのだろうか、輝きが真新しい感じがする。地元紙の記事によるとご本尊は室町前期の作で、昭和50年代にはいったん盗難に遭うが、犯人が良心の呵責に耐えかねて自首し、元のお堂に返されたという歴史があるという。

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観音堂は平成に入ってから建て直されたもののようだ。お堂の管理は1キロほど離れた場所にある真言宗智山派の寺院様がされている由だが、扁額には「豊山派管長 大僧正 祐俊」の銘がある。茨城県南部をエリアとして巳年に定期開帳される「猿島阪東観音霊場」の札元を務められている萬蔵院様が御自坊である、中川祐俊猊下の揮毫だ。何らかのご縁があるのであろう。
ちなみに、今回の御開帳では御朱印も頂くことができた。管理されている寺院様が「関東八十八ケ所」の札所をされており、納経の扱いに慣れていることもあるのだろうが、お参りする立場としてはありがたい限りである。

こちらの馬頭観音様が次に開帳されるのは33年後。その時、私は80歳を超えているが、再びお参りすることはできるだろうか…。

身近にある?円空仏

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先日、仕事で私が住む県の北部にある、山間の町に出かけた。道が空いていたこともありお客様との約束の時間までかなり余裕があったので、近くにある図書館に立ち寄った。
その町に存在する、坂東の写し霊場について調べるのが狙いだ。

その写し霊場に関する資料はあまりなかったのだが、私の住む町に存在する仏像に関する書物があったので、手に取ってみた。地元の教育委員会が行った、仏像に関する調査結果を編纂したものである。
内容自体はオーソドックスで、いわゆるムラ堂や在家堂については堂宇名を記さず、一律に「某仏堂」と表記するなど突っ込みどころの多い出来だが、仏像の写真を見てちょっと驚いた。「江戸時代作」とされる仏像の中に、円空仏と思われるものが複数存在しているのだ。

私の住む町は市内の中心部を日光街道が南北に貫く、かつての宿場町である。円空さまはその生涯で日光で2度ほど修行をされているほか、別の時期に私の住む町の近くを訪れていたという記録もあり、この町を何度も通り過ぎているはずだ。埼玉県内の例で考えれば、そういった地域には数多くの円空仏が残されている。県が違うとはいえ、わが町でもその傾向は当てはまるのではないか。地元で仏像に関する講演会があった時、講師を務めた先生にその疑問をぶつけると、その先生は明確に「この地域には多くの円空仏が遺されていると考えてよい」と、私の考えを支持してくださった。

写真で確認できた、円空仏と思われる仏像は少なくとも10体ほど。地元住民や教委の問題意識がないと円空仏が見つからないのは、東京都新宿区の「中井出世不動尊」の例が示す通り。地元教委の担当者がやる気になって調べると、わが町は円空仏ファンにとって特別な地になるかもしれない。

研ぎ屋さん来訪。

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帰宅して郵便受けを覗くと、何やら小さな白い紙が入っている。

いつもの廃品回収告知かと思ってよく見ると、包丁研ぎ屋さんが私の住む団地に来るらしい。今の団地に引っ越して大分経つが、こうしたチラシが入るのは多分初めて。包丁だけでなくいろいろな刃物に対応してくれるようだ。

この辺りには家庭で使う刃物を研いでくれる店がない。
潜在的な需要はかなりあるはずだが、当日は結構込むのだろうか。

今夏の困った珍客たち

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学校の夏休みが始まり、私が暮らす団地では、昨年に引き続きちょっと困った「お客様」がお見えになった。
ムクドリの団体様御一行である。

ご近所の情報を総合すると、御一行様は団地の南側に建つ以前は長崎屋だった某ディスカウントショップの敷地内から移動してきた由。市が管理して小まめに剪定している駅前広場の街路樹には何故か近づかず、今年も管理の行き届かない団地内の木々を塒に定めたようだ。

団地内の高木もかつては小まめに剪定しており、このようなことはなかった。しかし最近では管理受託の業者が短期間で猫の目のように変わり、委託範囲の細分化も進んでいるため団地内の諸々の管理が後手後手に回っている。ここ数年は大規模剪定が行われた記憶がない。
共益費会計はほぼ1年分の支出を賄える剰余金を抱えていて、剪定に必要な経費は容易に捻出できる筈なのだが、今のところ目立った動きはなく、自治会から家主のUR都市機構に対する働きかけもないようだ。

しばらくの間、鳴き声に我慢しながら眠る日々が続きそうである。

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