武蔵国三十三観音

武蔵国三十三観音巡り(その18)

お出かけ 寺社巡礼 日記 武蔵国三十三観音 観音霊場 霊場巡礼

武蔵国三十三観音巡りの続きである。

32番札所 岩平 観音寺

31番さんを出て、車を西に進めて32番札所の観音寺さまに向かう。ここからは再び、中川の東側(左岸)の札所となる。

中川に架かる「弥生橋」の東詰を左折し、案内に従って細い道に入ると、すぐに観音寺さまである。現在は地区の集会所となっており、道路に面したわずかばかりの敷地に角塔婆が建てられ、札所本尊の千手観世音菩薩に善の綱が結ばれている。

こちらも建物の周辺にお地蔵様などが建立されており、かつては仏堂が存在していたようだ。境内には石像のお大師様を祀った小さなお堂もあり、送り大師の風習があったことがうかがえる。

納経帳には、「松伏町岩平組 千手観世音菩薩 古利根三十二番」の墨書印が改めて捺された。この霊場、ひょっとすると「古利根三十三観音」という別名があるのかもしれない。

(地元持 松伏町下赤岩299−2)

33番札所 川藤 東泉寺

32番さんを出て中川沿いの街道を南へ下り、新川橋の交差点を東に入って33番札所の東泉寺に向かう。

こちらは曹洞宗のお寺で、境内は禅宗のお寺らしい佇まいだ。札所本尊の正観世音菩薩は、本堂手前にある観音堂で御開帳されている。
納経帳兼案内書では、できるだけ一筆書きで回れるようにとの配慮から、このお寺の先にある3番さんで結願するように記されているが、私はできるだけ順打ちになるよう回ってきたので、札番通りこちらのお寺で結願となる。
結願証などの扱いが分からないのでご住職に尋ねてみると、こちらのお寺で頂けるという。心ばかりの灯明料を包み、こちらで授与していただくことにした。

お納経や結願証の手続きを待っている間、お寺の方に勧められて、観音堂の近くに建つ薬師堂を見せていただいた。お薬師様も立派だが、十二神将が大変美しい状態で祀られており驚く。かなり古びた建物だが、天井絵も美しい状態で残されている。
聞けば、お薬師様も以前は定期的なご開帳があった由だが、ここ数十年はその伝統も絶えてしまい、お薬師様を拝む機会はほとんどないそうだ。お薬師様や十二神将、天井絵のいずれも特に文化財指定は受けていないという。行政の文化財担当者が、その存在に気付いていないようだ。もったいないことである。

(曹洞宗 吉川市川藤220)

武蔵国三十三観音巡り(その17)

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番外札所(非公式) 増森公民館

30番の宝生院さまに向かう途中で見つけた、納経帳兼案内書には載っていない御開帳の件、お札所で「非公式番外」であることを伺った以上、お参りしないわけにはいかない。
建物の前は広場のようになっており、ご厚意に甘えて車を置かせていただいてお参りする。

札所本尊は聖観世音菩薩。武蔵国霊場の観音様では大きい方に入る部類ではないだろうか。上がってお参りをとのことで、ご本尊様の前で精いっぱいのお勤めをさせていただく。
堂守をされていた方に開帳の縁起を訪ねると、どうもかつて30番さんを務められていた観音寺さまに関係があるご本尊らしい。正規の番付に載っている札所ではないが、武蔵国霊場の総開帳に合わせて御開帳を行うのが習わしだという。ただし、お納経の扱いはしていないとのことだ。

札所名があるはずだが、聞き漏らしてしまったので、仮に施設名の「増森公民館」で表記させていただく。敷地の片隅には古い石碑も建っており、かつて何らかの寺院仏堂があったのはほぼ間違いないところだ。
地図はこちらから。

(地元持 越谷市増森1775)

番外札所(非公式) 増森新田センター

増森公民館さまでお参りした時、「近所でもう1カ所、同じように御開帳を行っている」というお話を伺った。どうもわかりにくい場所のようだが、粗々の道順を聞いてお参りに出かける。
案の定道に迷ってしまったが、道を聞きに立ち寄ったコンビニで、地域の方が分かりやすく説明してくださり、どうにかたどり着くことができた。ありがたいことである。

御開帳が行われていたのは、新方川の堤防に沿って建つ、地域の集会所のような建物。カーナビなら近くの「日産部品埼玉販売」を仮の目的地としてセットすると分かりやすいだろう。
こちらも建物の正面に角塔婆が建てられ、建物奥に祀られている札所本尊の聖観世音菩薩と善の綱で結ばれている。こちらの観音様も、武蔵国三十三観音のご本尊としては大きめの部類に入るのではないだろうか。

詳しい縁起を聞くことはできなかったが、増森公民館同様に、武蔵国霊場の総開帳に合わせて御厨子を開くのが習わしだという。建物の近くには墓地があり、やはりここにもかつて寺院仏堂が存在したのだろう。札所名は増森公民館と同様、仮に施設名の「増森新田センター」で表記させていただくことにする。
地図はこちらから。

(地元持 越谷市増森2丁目)

31番札所 増林 林泉寺

2つの番外さんのお参りを済ませ、県道平方線に戻り、31番札所の林泉寺さまに向かう。大した距離ではなく、道案内の看板も分かりやすかったこともあり、ほんの数分でお寺の駐車場に着いた。

近くに越谷市の斎場が出来たのに合わせたのだろうか、境内はかなり整備されている印象を受ける。本堂とは別に立派な観音堂があり、御開帳はそちらで行われている。観音堂には札所本尊の正観世音菩薩のほか、子安観音が祀られている。
お参りの人がかなり多かったが、こちらでもお堂に上がってご本尊の前でお勤めすることができた。寺族の方がお寺の歴史などについて分かりやすく説明してくださったのはありがたい限り。なお、こちらのお寺の観音さまは、毎年4月18日前後の日曜日に御開帳されるという。

(浄土宗 越谷市増林3818)

武蔵国三十三観音巡り(その16)

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武蔵国三十三観音巡りの続き。

29番札所 東方 観音寺

番外さんを出て大聖寺さまの駐車場に戻り、納経帳兼案内書の指示に従い、街道を東に向かって車を走らせる。
29番札所の観音寺さまは、大相模公民館のところで街道から北に入ったところにある。こう書くと28番さんや番外さんから近そうに思われるが、地籍は越谷市東部の大成町に属しており、イオンのレイクタウンモールにほど近い場所である。

こちらの札所本尊は十一面観世音菩薩。高度成長期以降、寺域は何度も整備を重ねられた由で、境内はよく整った印象だ。かなり立派な大師堂もあるが、このあたりの弘法大師霊場の札所にもなっているのだろうか。
納経所では御影をいただくことができた。札所本尊の観音様は慈覚大師作と伝えられているが、御影に描かれているのは錫杖を持った長谷寺式の十一面観世音菩薩である。

(真言宗豊山派 越谷市大成町1-2262)

30番札所 増森 宝正院(観音寺)

29番さんを出て、30番の宝正院さまに向かう。直線距離はそれほど離れていないのだが、川に橋が架かっておらず遠回りの移動となる。おまけに国道4号バイパスの東埼玉道路の部分開通で、私の以前の記憶や納経帳兼案内書の地図と実際の道路状況が食い違っており、ナビを頼りに移動する。移動の途中で、地区の集会所のような建物の前に角塔婆が建てられ、善の綱が結ばれていることに気付く。

こちらのお寺も寺域の整備が進んでおり、何となくすがすがしい印象を受ける。観音堂に祀られる札所本尊は正観世音菩薩である。
札所名にカッコ書きで別の寺号が記されているのは、かつて観音寺が札所であったことを伝えるものだ。

お納経の時に、来るときに気付いた集会所に建てられた角塔婆の件について尋ねると、「期間を武蔵国霊場にそろえる形で、御開帳を行っている」と教えていただいた。やはり非公式番外が存在するのだろう。

(真言宗豊山派 越谷市増森1680)

武蔵国三十三観音巡り(その15)

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武蔵国三十三観音巡りの続きである。

28番札所 西方 五郎兵衛屋敷

しばらくの間、越谷市内の札所巡りが続く。27番さんを出てすぐ元荒川を渡り、28番札所の五郎兵衛屋敷さまに向かう。札所自体にもわずかな駐車スペースはあるようだが、納経帳兼ガイドブックの勧めに従い、大聖寺さまの駐車場に車を止めてお参りする。
札所名に「屋敷」の文字が入っているが、現在は地区の集会所然とした建物で、その中で札所本尊の正観世音菩薩が御開帳されている。札所自体は通りから奥まった場所にあるが、近くの大きな交差点に派手な看板が掲げられていたのと、路地の入口にはお約束の御開帳の幟が立ち、道に迷うことはなかった。

こちらでは、お接待に握り飯をいただいた。よく考えたらきちんと昼飯を食べずにお参りしていたので、このお接待はありがたい。きちんとお礼のご挨拶をして、次にお参りする番外さんに向かった。

(真言宗豊山派 越谷市相模町6丁目・番場自治会館)

番外札所 大聖寺境外観音堂

続いて、大聖寺さまの本坊を挟んで反対側にある、番外札所の大聖寺さまの境外観音堂に向かう。
大聖寺さまは、「大相模不動尊」という通称で地域から親しまれている。天宝勝宝2(750)年に開かれた歴史ある寺院で、徳川家康とのかかわりが深いことでも知られている。
札所本尊十一面観世音菩薩を祀る境外観音堂は本坊から数百メートル西に行った場所にあり、普段は地域の方が管理されているようだ。これまでは非公式番外という位置付けだったが、今回の御開帳からは霊場会公認の番外札所として位置づけられるようになったという。

お参りに訪れると、地域の方が集まり、堂守をしながらささやかな宴を開いているところだった。私は車で回っているのでお酒は勘弁していただいたが、非公式番外時代のことを含め、いろいろと興味深いお話を聞くことができた。
非公式番外は多くの場合ガイドブックなどでも扱われず、余所者にはその存在をつかみずらい。最近になって分かったことだが、この春に御開帳を行った葛飾坂東霊場でも、実は数カ所非公式番外があるのだという。

(真言宗豊山派 越谷市相模町6丁目)

武蔵国三十三観音巡り(その14)

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武蔵国三十三観音巡りの続き。

27番札所 越谷 天岳寺境外観音堂

26番さんを出て、越谷市内に向かう街道を進み、27番札所となっている天岳寺さまの境外観音堂に向かう。
札所となっている観音堂は、天岳寺さまの本坊とは少し離れた、日光街道から東に入った場所にある。札所本尊は正観世音菩薩である。

こちらの札所は駐車スペースがほとんどなく、近くの路上に車を止めてのお参り。余地はあるが何分越谷の市街地だし、警察の巡回でもないかと冷や冷やしながらお勤めをさせていただいた。

納経帳には、「子育聖観世音菩薩」の印が押されていた。由来は聞き漏らしてしまったが、子育てに霊験のある観音様として地域の信仰が厚いのだろう。

(浄土宗 越谷市越ヶ谷5丁目)

武蔵国三十三観音巡り(その13)

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武蔵国三十三観音巡りの続き。

25番札所 赤井 円通寺

24番さんからは、しばらく川口市内のお札所が続く。いったん首都高川口線の側道に戻り、新郷の交差点を左折して25番札所の円通寺さまに向かう。
地図ではよく分からないが、お寺のある辺りはちょっとした丘のようになっていて、境内にたどり着くまでは狭い道を結構上る必要がある。私などは軽自動車で回っているからさして問題ないが、歩きや自転車で回られている方や、バスを使った団参の方には難所寺の一つといえるのではないだろうか。

札所本尊の正観世音菩薩は本堂でご開帳されている。かつては真言宗の寺院だった由だが、寛文年間に曹洞宗寺院として再興され現在に至っているという。境内の佇まいは禅宗の寺院そのものだ。

駐車場の向こうにそびえたつ鉄塔は、文化放送の送信所だという。埼玉県内にはNHKを含めて在京中波ラジオ局の送信所が多く存在するが、お寺の近くに立地するケースが多いのは、単なる偶然なのだろうか。

(曹洞宗 川口市赤井3-9-39)

26番札所 赤山・立野 西福寺

25番さんから車を北に進め、26番札所の西福寺さまに向かう。安行の植木屋さんが集まる一帯を抜けるコースを選んだが、大きなイベントがあったようで渋滞に悩まされながらの到着となった。

境内に入ると、堂々とした三重塔と観音堂が目を引く。今からおよそ1200年前、お大師様によって開かれたという伝承が残るのも頷ける立派さだ。札所本尊は如意輪観世音菩薩で、西国・坂東・秩父の百観音の仏像と共に観音堂に祀られている。

お勤めをして納経をお願いすると、「お加持してあります」との言葉を添えて、シール式の納経紙を手渡された。味気ないという人もいるだろうが、御開帳霊場の運営実務を考えるとやむを得ない点もあるだろう。
境内には見事な枝ぶりの桜の木があり、お花見のシーズンにまた訪れようと思う。

(真言宗豊山派 川口市西立野420)

武蔵国三十三観音巡り(その12)

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武蔵国三十三観音巡りの続き。

23番札所 伊興 実相院

谷塚の番外さんを出て、23番札所の実相院さまに向かう。街道が道路工事で激しく渋滞していたが、カーナビを頼りに抜け道をたどり、どうにかお寺に着くことができた。

こちらの札所は東京都足立区内にあり、札所本尊は正観世音菩薩。エリアが隣接する足立坂東観音霊場(蕨・定正寺さまがお札元の方)でも東京都内のお寺が札所になっている事例があるが、かつての旧国域と現在の行政区が一致しないことを示しているのだろう。こちらの観音様は、母乳の出をはじめとする子育てに霊験のある仏さまとして知られているそうだ。

近隣にはたくさんのお寺がある。このあたりは古くからの農村地帯だったはずだが、信仰心の篤さゆえなのか、東京都杉並区の方でも見られる都心部からの寺町の移転があったのかは分からない。

(真言宗豊山派 足立区伊興4-15-11)

24番札所 蓮沼 普門寺

今度は車を北に進め、24番札所の普門寺さまに向かう。通りからちょっと入った場所だったが、またまたナビを頼りにたどり着く。

山門を入ると朱塗りの観音堂があり、札所本尊である正観世音菩薩はそちらに祀られている。山門の脇には、ご開帳の由来などが記された達筆の墨書が張られていた。こういう掲示が増えると、ご開帳に対する地域の関心も増すのではないだろうか。

この辺りは、先ほども記した足立坂東霊場ともエリアが重なっている。数キロ圏内には足立坂東の札所がいくつかあるが、江戸時代の御開帳はさぞ賑やかだったことだろう。

(真言宗智山派 川口市本蓮1-12-27)

武蔵国三十三観音巡り(その11)

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武蔵国三十三観音巡礼記の続き。

22番札所 大曽根 蓮台寺

21番さんを出て、同じ市内にある22番札所の蓮台寺さまに向かう。距離が結構ある上、道路が渋滞していて車がなかなか進まない。車中でやきもきし始めた矢先、フロントガラスの向こうに車を誘導する地域の方が見えてきた。

こちらの札所本尊は十一面観世音菩薩で、本堂と並んで建っている朱塗りの観音堂に祀られている。
お寺の周囲は住宅が立ち並び、ロードサイド型の店舗も目立つ。都市化が進む中、12年ごとの定期開帳の伝統が守られているのは、特筆するべきではないだろうか。

(真言宗豊山派 八潮市大曽根343)

番外札所 谷塚 宝持院

地元の方の誘導で車を街道に出し、番外札所の宝持院さまを目指す。ここからは目立った渋滞もなく、東武スカイツリーライン(昔の伊勢崎線のことで、野田線に至ってはアーバンパークラインとやらに改称したようだ)の谷塚駅西口近くのお寺にはスムーズに着いた。

この辺りは私が社会人になった頃には宅地化がかなり進んでいた記憶があるが、広い境内は静かそのもので、ご開帳は十間四方という大きな本堂で行われていた。札所本尊はお寺の本尊である長谷寺式の十一面観世音菩薩。番外札所に列せられたのは1970年代のことらしい。番外札所は、ご開帳ごとに少しずつ増えているようである。

(真言宗豊山派 草加市谷塚1051)

武蔵国三十三観音巡り(その10)

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武蔵国三十三観音巡りの続き。

21番札所 八条 清勝院境外観音堂

2日目のお参りは、21番札所となっている八潮市八条地内にある清勝院さまの境外観音堂からお参りする。納経帳に載っていた住所をカーナビに入力し、誘導されてたどり着いたのは清勝院さまの本堂の方である。札所となっている境外観音堂は首都高速を越えた先にあり、初日からドタバタのスタートと相成った。

すぐ近くの番外さんと共用の駐車スペースに車を止めてお参り。札所本尊の正観世音菩薩は地区の集会所のような建物の中に祀られている。納経帳に記された縁起によれば、以前のお堂が老朽化した際、当時の和尚様のご配慮で、地域の寄り合いにも使える現在の堂宇に建て替えたものらしい。

(真言宗豊山派 八潮市八条3866)

番外札所 八条 大経寺

続いて、すぐ近くにある番外札所の大経寺さまにお参りする。こちらの札所本尊は円空仏の千手観世音菩薩で、今回の巡礼に当たり、私がお参りできるのを最も楽しみにしていた札所である。

円空仏を祀る観音堂にお参りすると、御厨子の扉は閉まったままで、肝心の円空仏を拝むことができない。お勤めを済ませ、納経の時に話を伺うと、「円空仏をご開帳するのは、4月14~18日の5日間だけ」という答えが返ってきた。

よく話を聞いてみると、こちらの円空仏の本開帳は実は子年で、武蔵国三十三観音の総開帳が行われる午年は半開帳という位置づけのようだ。ちなみに、本開帳の際は4月16日とその前後の合わせて3日間に限って開帳される由である。したがって、次に円空仏を拝めるのは2020年の春。その時は、仕事を休んででもお参りすることを誓った。

(浄土宗 八潮市八条3877)

武蔵国三十三観音巡り(その9)

お出かけ 寺社巡礼 日記 武蔵国三十三観音 観音霊場

武蔵国三十三観音巡りの続き。

19番札所 南川崎 普門寺

18番さんと19番札所の普門寺さまは歩いてもすぐの距離だが、一応車を移動させてお参りすることにした。

札所本尊の正観世音菩薩は本堂脇の観音堂に祀られている。本堂も観音堂も、堂々とした感じの建物だ。
何となくお寺全体が新しい感じがして、改めて納経帳に記されていた縁起に目を通すと、かつてこのお寺は同じ八潮市内の木曽根地区にあったが、中川の河川改修でこの地に移ってきたらしい。お寺に入って感じた雰囲気はこのためだったのだろう。ちなみに、納経帳の墨書印刷は「木曽根」のままだった。

(真言宗豊山派 八潮市南川崎440)

20番札所 鶴ケ曽根 宝幢寺

夕方近くになったが、統一閉堂時刻の夕方5時までにはまだ少し時間がある。御開帳が行われる11日間のうち私がお参りできる日数には限りがあるし、頑張って20番札所の宝幢院さまにお参りすることにした。

地元の方の誘導に従って車を止め、境内に入ると真新しい観音堂が目に入る。札所本尊の正観世音菩薩はこちらに祀られている。境内は草花が美しく、新しい造作も目立つ。御開帳に合わせてかなり境内を整備されたご様子だ。
各地の霊場を回っていると、札所となっている寺院仏堂では御開帳に合わせて境内や伽藍の整備を行うことが多いのに気付く。お寺様やお檀家さん、講をはじめとする地域の方々は相当前から周到な準備を進めているはずで、私たちはそれに感謝してお参りしなければならない。

1日目のお参りはこちらにで打ち止めとした。

(真言宗豊山派 八潮市鶴ケ曽根1819)

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