豊島八十八カ所巡り(17)

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8日の日曜日は、例によって豊島八十八カ所の巡礼に出掛けてきた。今回は、日暮里・田端周辺のお札所にお参り。

 

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札所5番 浄光寺

JR日暮里駅を出て、まずは札所73番の養福寺に向かうが、あいにく法事の真っ最中。お参りをあきらめすぐ近くの札所5番・浄光寺にお参りする。

浄光寺は真言宗豊山派のお寺で、本尊は薬師如来。日暮里駅から西日暮里駅にかけて、JRの線路沿いに寺社が密集する地帯の中心に位置している。開基は定かではないが、鎌倉時代末期の武将・豊島左衛門尉経泰が、信州の諏訪大社から勧請した諏方神社の別当として創建したという伝承も残る古刹である。

境内に入ると、すぐ左側に高さ3メートルほどの、銅製の大きなお地蔵さまが祀られている。こちらは、「江戸最初の六地蔵」の3番札所として知られている。一般的に知られる江戸六地蔵は1708(宝永5)年に地蔵坊正元が発願し、主要な街道筋に建立されたものだが、浄光寺が属する六地蔵はそれより古く、1691(元禄4)年に開創されたものだが、こちらは現存するものが少なく知られているとはいえない。

荒川区地籍といえ、このあたりは一般的には“谷根千”の一角として認知されている地域。私がお参りしている間も、カメラを持った観光客の姿が目立った。
(浄光寺 東京都荒川区西日暮里3-4-3=2009年11月8日巡礼)

 

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札所56番 与楽寺

浄楽寺からJRの線路に沿うように田端方向に進み、札所56番の与楽寺に向かう。直接向かうなら、JR田端駅から歩いて5分ほど。

与楽寺は真言宗豊山派のお寺で、本尊は地蔵菩薩。弘法大師がこの地に寺院を建立したのがお寺の始まりと伝えられる。元々はこの周辺の本寺格で、広い境内や通りから延びる長い参道に往時の面影が残る。

本尊のお地蔵さまは弘法大師作と伝えられ、「賊除け地蔵」として親しまれている。はるか昔、与楽寺に賊が押し入った時、どこからともなく何人もの僧侶が出てきて賊の侵入を防いだ。その翌朝、本尊のお地蔵さまの足が汚れているのが見つかったことから、「賊除け地蔵」と呼ばれるようになったとされる。その時以来、本尊は秘仏になっている。

このお寺は江戸六阿弥陀の札所4番となっているほか、豊島霊場と同じ札番で御府内八十八カ所の札所にもなっている。多くの霊場の札所を兼務しているのも、歴史と格式ゆえか。
(与楽寺 東京都北区田端1-25-1=2009年11月8日巡礼)

 

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札所66番 東覚寺

与楽寺からいったん田端駅に出てランチ。その後は坂を下り札所66番・東覚寺に向かう。お正月に谷中七福神巡りで訪れたお寺だ。

東覚寺は真言宗豊山派で、本尊は不動明王。1491(延徳3)年、現在の千代田区万世橋付近に真言宗御室派の僧、源雅和尚が不動明王を勧請して寺を興し、慶長年間(1596~1615)の初めに現在地に移ってきたとされる。最近、道路工事に伴い境内は装いを一新した。

このお寺は、病気平癒にご利益のある「赤紙仁王尊」として有名だ。山門の脇にある不動堂の前に立つ2体の金剛力士像には、びっしりと赤い紙が張られている。病気に悩む人が、体の悪い所と同じ部分に赤い紙を張り、病気が治るとわらじを奉納する風習は現代にも受け継がれている。近隣の酒店では、「赤紙仁王尊」と名付けられた清酒も取り扱っている。

谷中七福神の福禄寿のほか、豊島と同じ札番で御府内八十八カ所の札所にもなっている。正月には七福神巡りの人でにぎわうが、来年(2010年)からは七福神の御開帳は期間が短くなり、1月10日までになるのでご注意を。
(東覚寺 東京都北区田端2-7-3=2009年11月8日巡礼)

 

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札所9番 光明院

東覚寺から、赤紙仁王通りを駒込方面に歩き、札所9番の光明院に向かう。歩いて5~6分の近さだが、山門が通りからかなり奥に入った所にあり、参道の入り口が見つけ辛いので要注意だ。JR駒込駅から直接訪ねる場合は歩いて7~8分ほど。

光明院は真言宗豊山派のお寺で、本尊は大日如来。詳しい開基は不明だが、1591(天正19)年の検地記録に白髭神社別当としてこのお寺の名前があり、少なくとも四百数十年の歴史を刻んでいることになる。

境内はかなりの広さだが、樹木が植えられお庭になっている部分はわずか。大半はお寺が経営している幼稚園の運動場として利用されているようだ。現在の伽藍は本堂と庫裏だけだが、1945(昭和20)年4月に戦災で焼失する前は、観音堂や薬師堂があったという。

庫裏でお納経を頂くと、豊島の札番印のほかに「滝野川寺院めぐり第5番」の印も押してある。応対してくださった奥様に伺うと、地元の滝野川仏教会が1993年に開創した霊場で、豊島56番でもある与楽寺から同12番の寿徳寺まで16カ寺を巡礼するのだという。私が昨年巡礼した行田救済菩薩霊場と同じような趣旨の霊場だが、滝野川の場合は日蓮宗や浄土真宗の寺院も加わっており、多彩な宗派により成り立っている点が興味深い。真宗系の寺は朱印を断るケースが多いのだが、札番印が存在するところを見ると真宗寺院でも納経は可能なようだ。機会を見て訪れたい。
(光明院 東京都北区田端3-21-5=2009年11月8日巡礼)

 

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札所21番 大龍寺

光明院から、今回の打ち納めとなる札所21番・大龍寺に向かう。光明院からは歩いて数分で、JR駒込駅からは徒歩10分弱だ。

大龍寺は湯島に本山がある真言宗霊雲寺派のお寺で、本尊は両部大日如来。慶長年間(1596~1615)に新義真言宗の「不動院浄仙寺」として創建され、安永年間(1772~80)に現代の名前に改め、霊雲寺派に属するようになったと伝えられる。現在の本堂は平成に入ってから建て替えられたもので、鉄筋コンクリートの堂々とした伽藍である。

このお寺の境内には俳人・正岡子規の墓があり、現在でもお参りする人が絶えない。墓地には子規のほか、陶芸家として初めて文化勲章を受けた板谷波山や柔道家の横山作次郎ら、多くの著名人が眠っている。ちなみに大龍寺は毎週月曜日が「定休日」になっている。お参りの時はご注意を。

(大龍寺 東京都北区田端4-18-4=2009年11月8日巡礼)


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