観音霊場
お出かけ 寺社巡礼 日記 猿島坂東三十三観音 観音霊場 霊場巡礼
猿島阪東観音霊場(猿島坂東とも書く)の巳歳総開帳区切り打ち巡礼記の続き。
掛所 宝蔵寺
新8番さんを出て、「準公式番外」ともいえる掛所の宝蔵寺さまに向かう。細い道を入った先にあるお寺の境内はかなりの広さで、山門を入ってすぐ右側にある観音堂で御開帳が行われている。札所本尊は聖観音。
関宿にある掛所では帳面を持っていかないと納経が難しい様子だったが、こちらでは公式納経帳とサイズや綴じ穴の位置を揃えた紙に書き置きしたものを用意してくださっていた。ありがたい限りである。
境内にはお大師様の像と思しき石造物が目立つ。何となく気になってお寺を出る時に振り返ると、山門の脇に石でできたお大師様の像がずらりと並び、板碑からお四国写しのミニ八十八ケ所であることが分かる。ただ、苔むしているのと風化で、年代までは読み取れなかった。
(茨城県坂東市中里=真言宗智山派)
29番札所 泉福寺
いったん県道に戻り、29番の泉福寺さまに向かう。公園のように整った境内が清々しいお寺だ。札所本尊は聖観音。
掲示してあったお寺の縁起によると、開山は724(元亀元)年で、行基菩薩の開山という。札所本尊になっている聖観音も、行基菩薩が自ら彫ったものという言い伝えが残る。
境内の展示物も多彩で楽しい。上の写真は、かつて地域の共同作業として行われていた、「もくとり」を再現したものだ。未婚の男女の出会いの場ともなっていたという。
その隣には地域の古い写真がいろいろと展示されていた。
(坂東市大谷口381=天台宗)
2013年4月1日 1:20 AM |
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お出かけ 寺社巡礼 日記 猿島坂東三十三観音 観音霊場 霊場巡礼
3月30日、再び猿島阪東観音霊場(猿島坂東とも書く)の区切り打ちに出掛けてきた。引き続きの巡礼記である。
28番札所 延命院
本日の打ち始めは28番札所の延命院さまから。タブレット端末のナビアプリが随分と遠回りのルートを示したが、途中で気づき事なきを得る。境内はかなり広く、奥まった場所に広い駐車スペースが取られていた。札所本尊は聖観音。
お堂の前に建てられた角塔婆は、気合の入った御影石造り。地元の並々ならぬ熱意が伝わってくるが、「12年ごとに石造りの角塔婆を建て替えるのだろうか…」との下世話な思いも頭をよぎる。
展示物替わりということなのか、こちらには「穴蔵大師」なるものが祀られている。かつてはお寺近くの小高い場所に掘られた横穴にお大師様の石像が祀られていたようだが、河川工事の際に山が崩されてしまったという。境内に仮設の土盛りがなされ、そこに掘られた横穴に、当時のままのお大師様が祀られている。
境内には毘沙門堂もある。この地と関連の深い平将門ゆかりのものなのだろうか。
(茨城県坂東市神田山715=真言宗智山派)
新8番札所 妙音寺
28番さんを出て、すぐ近くの新8番札所・妙音寺さまに向かう。御開帳に合わせて建て直されたのか観音堂は立って間もない趣きで、周囲のコンクリートも、いかにも打ち立てという感じだ。札所本尊は聖観音。
こちらが新8番を名乗ったのは戦後もだいぶ経ってからのようだ。本堂が休憩スペースとして開放されていたので、上がらせていただきご本尊の大日さまを拝んでからお寺を後にした。
(坂東市神田山727-1=真言宗豊山派)
2013年3月31日 8:20 PM |
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猿島阪東観音霊場(猿島坂東とも書く)巳歳総開帳巡礼記の続き。
26番札所 自性院
25番さんを出て、すぐ近くにある26番の自性院さまに向かう。総開帳に合わせて手を入れられたのか、広い境内には清々しさが漂う。本堂もかなりの大きさで、相当の寺格とお見受けした。札所本尊は十一面観音。
こちらは猿島阪東のほか、関東八十八ケ所(東国遍路)の札所にもなっている。お納経を済ませた時、東国遍路のパンフレットをいただいた。私が住む鴻巣の近くにも札所がいくつもあり、以前から興味があったのだ。御住職のお話では「結願札所になっている妻沼の聖天様で、納経帳などは分けていただける筈」とのことで、時間を掛けて回ってみようと思う。
(茨城県坂東市馬立593-1=真言宗智山派)
27番札所 歓喜寺
26番さんを出て、27番札所の歓喜寺さまに向かう。こちらは旧岩井市の中心部に近くにあり、桜の名所ともなっているようだ。札所本尊は聖観音。
観音堂の前には、坂東や秩父ではお馴染みの、一休さん?を象った案内板がある。猿島阪東の札所で見かけたのは初めてだ。
名物の桜はちょうど真っ盛り。境内には花吹雪が舞っていた。
お日様もだいぶ傾いてきたので、今回の区切り打ちはここで終わりにする。
(坂東市辺田978=真言宗豊山派)
2013年3月30日 7:35 AM |
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猿島阪東観音霊場(猿島坂東とも書く)の巳歳総開帳巡礼記の続き。
24番札所 浄泉寺
23番さんから車を南に走らせ、24番札所の浄泉寺さまに着く。お寺のある辺りは周囲より小高くなっていて、見晴らしが良い。外観的に何か特徴があるわけではないが、静かな時が流れる感じがする境内だ。札所本尊は聖観音。
ここは浄土宗のお寺のはずだが、境内にはやはりお大師様の石像を祀っている。他の札所の例と同じく、地域の弘法大師霊場の札所ともなっているようである。
愛知県では禅宗のお寺に大師像が祀られているケースもあったはずで、大師信仰が普遍的なものだったのを裏付けているのだろうか。そういえば、御府内八十八ケ所にも臨済宗の札所があった筈である。
(茨城県坂東市上出島821=浄土宗)
25番札所 延命寺
今度は車を西に走らせ、25番札所の延命寺に向かう。茅葺の山門を入るとすぐ正面に弁柄塗りの薬師堂があり、その奥に本堂が建つ。御開帳は本堂で行われており、札所本尊は千手観音。
薬師堂は、平将門の守り本尊と伝えられる薬師如来像を祀っているそうだ。「島の薬師」として知られており、4月8日の縁日は境内が身動きできないほどの人出だったという記録が残っている。
(坂東市岩井1111=真言宗豊山派)
2013年3月29日 11:53 PM |
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猿島阪東観音霊場(猿島坂東とも書く)の巳歳総開帳巡礼記の続き。
22番札所 正光院
できるだけ札番順に回ろうとは思っているのだが、車巡礼ということもありできるだけ一筆書きで回りたいのも事実。そのため、22番札所の正光院さまに先にお参りさせていただく。
田園地帯の中にあるお寺だが、境内はよく整備されていて、ちょっと近代的な感じも漂う。御開帳は朱塗りの観音堂で行われている。札所本尊は十一面観音。
観音堂のそばには小さな祠があり、その中にお大師様の石像が祀られている。ここも、地域の弘法大師霊場となっているようだ。
(茨城県坂東市弓田1704-3=真言宗豊山派)
21番札所 照明院
22番さんを出て、21番の照明院(しょうみょういん)さまに向かう。道中に北関東三十六不動霊場の35番札所になっている弓田不動尊こと慈光寺さまがあるはずなのだが、見落としてしまったようだ。
こちらは院号を名乗っているがお寺は廃寺になっており、かつての境内に建てられた集会所で御開帳が執り行われている。札所本尊は聖観音。
集会所の一室に観音さまが祀られており、そこから庭先に建てられた角塔婆まで善の綱が結ばれている。
こういう形態で御開帳が行われるのは、関東地方のローカル霊場では珍しいことではない。
形を変えつつもご本尊をお守りし、定期開帳の伝統を絶やすまいとする地域の皆さんの努力に、ひたすら頭が下がる。
(坂東市冨田635=真言宗豊山派)
23番札所 万福寺
続いて23番札所の万福寺さまに向かう。21番さんからはほぼ一本道である。
道端の空き地に砂利を入れて仮ごしらえの駐車場としてあり、そちらに車を止めてお参りする。札所本尊は聖観音。
境内では、地元の人たちの手作り展示物が巡礼者の目を引く。「住職」に浅田真央、福ちゃんなる女性…。どういうシチュエーションなんだろうか。お約束の「御開帳モノ」もちゃんと置いてあった。電動ではなく、紐を引くとお目当てのものが見られる仕組み。よく見ると男性のアレもしっかり置いてある。
とりわけ面白かったのが、「整形前の壇蜜」。お堂でお納経の世話をしていた女性は「整形前だからね」とアピールしていたが、私にはそこら辺にいる「口うるさいオバハン」にしか見えない。実際のグラビアアイドルもこうなのか…。
参道の入り口には、ここが観音霊場の札所であることを示す、古びた石柱が建つ。往来に面して、西国と坂東の同じ札番の札所名が刻まれ、参道側には秩父の同番札所名が記されている。その反対側には、弘法大師札所の27番であることも刻まれている。道案内の幟には「弘法大師」と書かれているものもあり、やはり送り大師の慣習が残っているのかもしれない。
(坂東市駒跿=真言宗豊山派)
2013年3月28日 5:10 PM |
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猿島阪東観音霊場(猿島坂東ともいう)の巳歳総開帳巡礼記の続きである。
番外札所 西村観音堂
19番さんを出て、カーナビを頼りに番外札所の西村観音堂さまを訪ねる。街道が分かれる交差点に面してお堂が建っており、独特の書体で「西村観音堂」と書かれた看板が目印だ。札所本尊はこの霊場唯一の如意輪観音。御真言を思い出しながらお唱えする。
境内に入ってすぐ右側には、小さな大師堂がある。その前には「第八十二番」と書かれた角塔婆が建っており、弘法大師霊場の札所にもなっているようだ。真新しいものだが、御開帳に合わせて建てたものなのか。ひょっとすると、千葉県北部のように送り大師の風習が残っているのかもしれない。
この霊場では車を止める場所を見つけられず、近くのスーパー駐車場をお借りした。駐車場代替わりに、お昼ご飯の弁当をそのスーパーで購入。
なお、お堂の場所はそのスーパー(エコス)の店舗はす向かいである。エコスと並びのように案内している資料もあるので、ご注意を。
(茨城県坂東市沓掛1589=真言宗豊山派)
新9番札所 龍泉寺
街道を東に向かって車を走らせると、新9番札所の龍泉寺まではすぐの距離だ。境内は清々しい感じが広がる、ごく普通の「田舎のお寺」という趣きである。札所本尊は聖観音。
札番は「新9番」を名乗るが、巳歳総開帳の案内チラシの裏面には、1941(昭和16)年の総開帳の折にこのお寺で撮影されたスナップが2枚掲載されている。新番を名乗ったのは、そんなに最近の話ではないような感じもする。
(坂東市沓掛3683=真言宗豊山派)
20番札所 福寿院
新9番さんから街道を番外さん方面に戻り、20番札所の福寿院さまに向かう。商店が並ぶ通りから少し奥まった場所にあり、お稲荷さんと並んでお堂が建っている。札所本尊は十一面観音。
ここは院号を名乗っているが、現在は地域のある一族の方が管理されているお堂の由だ。
御開帳に合わせて改築されたのか、まだ清々しい感じがするお堂である。駐車場からの道にはびっしりと開帳を知らせる赤い幟が立てられ、地元の方の熱意が伝わってくる。
(坂東市沓掛4011=真言宗豊山派)
2013年3月27日 5:28 AM |
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お出かけ 寺社巡礼 日記 猿島坂東三十三観音 観音霊場 霊場巡礼
23日の土曜日は、再び猿島阪東観音霊場(猿島阪東ともいう)の区切り打ちに出掛けてきた。引き続き巡礼の記録である。
18番札所 伝授院
この日のお参りは18番札所の伝授院さまから始める。寺号を名乗ってはいるが、現在は17番の萬蔵院さまに合寺されており、かつてお寺があった場所には公民館と観音堂が建っている。札所本尊は十一面観音。
観音堂と並んで建つ公民館では、恒例の展示が行われていた。
妖怪ものの展示だが、一番左側はそこら辺をブイブイ言わせながら歩いているお姉さんにしか見えない。現代風のアレンジなのか、当時からああいうタイプの女性がいたのか、答えは謎のままである。
(茨城県坂東市借宿110-7=真言宗豊山派)
19番札所 東光院
18番札所からカーナビを頼りに車を北に走らせ、19番札所の東光院さまに向かう。街道から車1台がやっとのあぜ道のような路地を進んだところにある、田畑の中のお堂だ。境内のエノキの木が目印がわりである。札所本尊は十一面観音。
こちらの札所も院号を名乗っているが、実質的には地域のある一族の方が管理しているお堂であるそうだ。境内は静寂そのもので、こちらでもお堂に上げていただくことができ、御宝前でお勤めをすることができた。世情の変化にもかかわらず私たち巡礼者のために奉仕してくださる皆さんのご苦労に、本当に頭が下がる思いである。
(坂東市半谷852=浄土宗)
2013年3月26日 4:42 PM |
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猿島阪東観音霊場(猿島坂東ともいう)の巳歳総開帳巡礼の続きである。
16番札所 金剛院
15番さんから国道354号を超えて南に車を走らせ、16番札所の金剛院さまへ向かう。木々に覆われ鬱蒼とした感じの境内に本堂と観音堂などがあり、納経などの開帳寺務は観音堂で行われている。札所本尊は聖観音。
夕方近くになりお参りの人が少なくなってきたせいか、お堂に詰めていた地区の方がいろいろ話しかけてくる。埼玉県の鴻巣から来たというと、ちょっと驚いた様子だった。
(猿島郡境町若林1916=真言宗豊山派)
16番札所 東光寺
金剛院さまを出て県道をさらに南へ進む。道案内の幟に従って路地に入ると、東光寺さまの地元の方が造ったアーチが巡礼者を出迎えてくれる。本堂と墓地の間に観音堂があり、少し離れた場所に建っている角塔婆から長い善の綱がお堂に延びている。札所本尊は聖観音。
こちらの札所も16番を名乗り、霊場会が出している公式の資料でも16番札所は2つ存在することになっている。札番が重複したのにはいろいろと歴史的な経緯があるようだ。
ただ、札番が異なる寺院仏堂で重複しているのは、関東の地方霊場ではたまに出くわす話である。身近な例を挙げれば、寅年の春に御開帳をする浦和周辺の「関東東向寅薬師」(足立十二薬師などの別名あり)では、5番札所が2カ所存在している。
猿島阪東の札番の振り方について、ネットでいろいろな意見が出ているのは知っているが、個人的には浦和の寅薬師の例もあり、杓子定規に捉える話でもないと思うのだが…。
こちらの展示物は川中島合戦の一コマ。お約束の蛇さんも登場している。
陽がだいぶ傾き、お堂を閉じる時間も近づいてきた。20日の巡礼はここで打ち止めとする。
(坂東市長須1550=真言宗豊山派)
2013年3月25日 12:32 AM |
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お出かけ 寺社巡礼 日記 猿島坂東三十三観音 観音霊場 霊場巡礼
猿島阪東観音霊場(猿島坂東ともいう)の巳歳総開帳巡礼の続き。
17番札所 萬蔵院
13番さんからカーナビの指示通りに車を東南に走らせると、程なく17番の萬蔵院さまに着く。かなり広めの境内には木がうっそうと生い茂り、独特の雰囲気を醸し出している。札所本尊は十一面観音である。
こちらのお寺は霊場を開いた雄弁上人が52代住職を務められたことから、現在でも猿島霊場のお札元(事務局)としての役割を担っている。お寺の開創は870(貞観12)年と伝えられる古刹で、かつては真言宗の常法檀林所として、お坊さんの大学や宗務所の機能も持つ格式の高いお寺だったようだ。広い境内と独特の雰囲気はこの歴史によって生み出されたものか。先代のご住職は真言宗豊山派の管長猊下を務められている。
現在は社会福祉事業に力を入れる寺院として知られる。その歴史はお寺の公式サイトに詳しく紹介されている。
本堂には早くも花御堂が設えられていた。花まつりには少し早いが、お釈迦さまに甘茶を掛けてから手を合わせた。
(茨城県坂東市生子1617=真言宗豊山派)
15番札所 大照院
お札元の17番さんから15番札所の大照院さままで、直線距離はわずかのように見えるのだが、車を走らせてみると結構な距離がある。周辺に比べ小高い場所にお寺があるが、その昔は周囲は沼地で、開帳の折は舟に乗ってお参りに来たそうだ。札所本尊は聖観音である。
展示物は地元出身の方が奉納した、『観音力讃歌』と題した詩と蛇のオブジェ。
蛇はもちろん、巳年にちなんだものである。
(境町伏木2153=真言宗豊山派)
2013年3月24日 9:57 PM |
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お出かけ 寺社巡礼 日記 猿島坂東三十三観音 観音霊場 霊場巡礼
猿島阪東観音霊場(猿島坂東ともいう)の巳歳総開帳巡礼の続き。
12番札所 宝蔵院
11番さんを出て、街道をしばらく東に向かうと、札所の目印になっている赤い幟が見えてくる。幟に従って細い道に入ると、12番札所の宝蔵院さまだ。ここは寺号を名乗ってはいるが、現在は実質的に地区の集会所で、札所本尊の十一面観音もそこに祀られている。
ここの出し物は、「こぶとり爺さん」の一場面。
観音さまを祀る建物の別室には、霊場開創をめぐる歴史の一コマが再現されていた。
(茨城県坂東市山321=真言宗豊山派)
番外札所 円明院
12番さんからさらに車を東に走らせ、番外札所の円明院(えんみょういん)さまに着く。札所本尊は猿島阪東霊場を開創した雄弁(おうべん)上人である。
雄弁上人は1658(万治元)年、下野国(現在の栃木県)都賀郡の生まれで、幼い時に得度し、17番札所・萬蔵院さまの52世住職を務めた。その雄弁上人が自らの最期を悟った時、入定の地に定めたのがここ円明院という。角塔婆から延びる善の綱は、雄弁上人の墓石に結ばれている。
ここはアプローチの道路事情が良いとは言えず、駐車場はちょっと離れた場所が指定されている。さらに近くに架かる橋は大変狭い上に前後にクランクがあり、大きい車だとハンドルさばきに難渋することになるので、ご注意を。
(坂東市生子新田152-3=真言宗豊山派)
13番札所 福乗院
円明院さまから車を南にしばらく走らせると、13番札所の福乗院さまのお堂が見えてくる。本来のお堂への入り口は集落内の里道側にあるようだが、巡礼者の便宜を図るためか、新道側に設けられた駐車場から畑の上に古畳を敷いた仮の参道が設えられている。札所本尊は十一面観音である。
こちらの展示物は水戸黄門の一コマ。まさに一件落着を迎えようとする趣だが、御一行はこれから9番札所の久昌院さまに向かうのだろうか? お忙しいことである。
この展示物、なかなか凝ったつくりで上のような注意書きが掲示してあった。
昭和テイストの内容でも、ハイテクの要素も取り入れているということなんだろうな。
(坂東市菅谷699-2=真言宗豊山派)
2013年3月23日 11:08 PM |
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