観音霊場
お出かけ 寺社巡礼 御朱印 日記 観音霊場 足立坂東三十三観音 霊場巡礼
4月の5~11日に中開帳が行われる、さいたま市とその周辺に札所が広がる「足立坂東観音霊場」にお参りすることにした。
この霊場の存在を知ったのは、たまたまお参りした近所のお寺の観音堂に「足立坂東観音札所」の看板が掲げられているのを見たのがきっかけ。その時は御住職の奥様に「午年の御開帳の時でないと納経が受けられない」と伺ったのだが、ネットで調べるとこの霊場、いろいろと面白い点がある。
まず、同じ県内で巡礼路が異なる霊場に同じ名前が付けられていること。そう、「足立坂東観音霊場」は、埼玉県内に2カ所あるのである。
一つは、桶川市の古刹・知足院を1番札所に、JR高崎線やニューシャトル(埼玉新都市交通)の沿線を回ってさいたま市北区の満福寺を33番札所にするもので、1702(元禄15)年の開創とされる。こちらの札元は知足院。
もう一つは、その満福寺を1番札所に、蕨市の定正寺を33番札所にする番外2カ寺を含む35のお寺からなる巡礼路で、こちらは1705(宝永2)年の開創とされる。後者の札元は定正寺。
で、ここまで書くとお分かりだろうが「同じ名前の異なる霊場」で、両方の札所を兼ねているお寺があるのも面白い。ちなみに、私がたまたま発見した「足立坂東」は前者の知足院が札元の方で、今回お参りするのは後者の定正寺が札元の方である。
この足立坂東観音霊場、さいたま市とその周辺に札所が点在している(札所一覧と地図はこちら)。ご開帳は午年の本開帳と丑年の中開帳である。この辺の観音霊場や薬師霊場は地区で管理しているお堂が札所になっているケースが多く、この機会を逃すと次の御開帳までお参りできないケースも考えられる。このチャンスにぜひ回っておきたいと考え、正確な御開帳期間の把握など準備を進めた。
札所1番 楽邦山満福寺
何はともあれ、せっかくの御開帳だし1番札所から回るのが筋というもの。ただし、御開帳期間中の休みは公休の2日間と有給1日が確保できたのみで、この3日間だけで番外を含め35ある札所を全部回るのは、これまでの巡礼の経験から考えるとかなり厳しいというか、まず不可能。そこで一計を案じ、前もって有住の札所をいくつかお参りすることにした。
札所1番の満福寺は地籍は日進町だが、公共交通機関で行くなら大宮からニューシャトルに乗って、鉄道博物館前で降りた方がいくらか便利かもしれない。こちらは真言宗智山派のお寺で、札所本尊(脇本尊)は正観世音菩薩である。ちなみにお寺の本尊は不動明王。
満福寺では本堂の大普請が始まっていて、現在は基礎がほぼ出来上がった段階。札所本尊の観音さまは京都の仏師へ修理に出しているとのことで、今回は御開帳を見合わせるとのこと。やむを得ないが、本堂の方を向いてお勤めをして、仮の本堂となっている庫裏で御朱印を頂く。
ここが2つの「足立坂東観音霊場」の札所を兼ねているのは、どうやら明治維新のときの廃仏毀釈に端を発しているらしい。これから回る方の足立坂東観音霊場の1番札所は、もともとは大宮氷川神社の別当だった観音寺で、観音寺が廃寺になる際、法縁(お寺の親戚)だった満福寺に本尊や札所をすべて移したことでこちらが札所1番を兼ねることになったようである。
工事中の境内には、当時の遺構と思われる石碑が無造作に積み上げられたりしている。それらを見ながら、当時に思いを馳せるのも一興だろう。
【御詠歌】ふだらくや ねがいもかなう まんぷくじ
いつもたへせぬ のりのともしび
(2009年3月29日巡礼=さいたま市北区日進町2-1003)
※満福寺の地図はこちら。
札所10番 大谷場宝性寺
札所10番の宝性寺は、JR京浜東北線と武蔵野線が接続する交通の要衝、南浦和駅のすぐそばにあるお寺。京浜東北線などからはこのお寺の大きな看板が見えるので、ご存じの方も多いかもしれない。
こちらは真言宗智山派のお寺で、本尊は聖観世音菩薩。本堂には足立坂東観音のほか、お不動様や新四国霊場の扁額が掛かる。大きいとはいえないお堂だが、いろいろと由緒深いお寺のようである。
寺務所で御開帳の準備をされていた御住職が、仕事の手を休めて対応をしてくださった。有難い限りである。
【御詠歌】しらまゆみ かりにいるみの やばやぐも
おぼへずあたる のりのおしへに
(2009年4月4日巡礼=さいたま市南区南本町2-13-4)
※宝性寺の地図はこちら。
札所23番 無動山妙智院観音寺
南浦和から赤羽経由で、札所23番観音寺最寄りのJR埼京線の北赤羽駅に向かう。目指す観音寺へは、北赤羽駅の浮間口から歩いて10分ほどか。
こちらは足立坂東霊場で、唯一東京都内にある札所。といっても、もともとこの辺りは現在の埼玉県に属していたらしいから、足立坂東の札所に名を連ねていても当然か。真言宗智山派のお寺で、札所本尊の聖観世音菩薩は独立した観音堂に祀られている(お寺の本尊は不動明王)。
観音堂の前には回向柱が建てられ、善の綱が既に結ばれていた。境内入り口にある桜が見事。
【御詠歌】きようまでは たびのかりねの うきまくら
かねにめざめて かへるふるさと
(2009年4月4日巡礼=東京都北区浮間4-9-2)
※観音寺の地図はこちら。
番外札所 園通山法福寺
一度赤羽に戻り、国際興業バスで鳩ケ谷へ。番外札所の法福寺に向かう。やや分かりにくい場所にあるが、サミットストアを目印にすると良い。
こちらは真言宗智山派のお寺で、本尊は十一面観世音菩薩。こちらも回向柱が建ち、受け入れ準備は万端のようだ。突然の参拝に対応してくださった御住職夫妻、道順のことをしきりに気にされていた。こちらは札所巡りに最適な地図を持ち歩いている旨を伝えると、ひと安心された様子。
こちらも境内の桜が見事。帰りにはお供物も頂き、恐縮する。
【御詠歌】やまざとを めぐりたづねて ゆきみれば
のりのふくじゆに しらたきのおと
(2009年4月4日巡礼=鳩ケ谷市里1577)
※法福寺の地図はこちら。
札所28番 鳩井山千手院
やや日が傾き始めたが、頑張ってもう一つ回る。札所28番の千手院は、草加市との境に程近い場所にある。この霊場唯一の曹洞宗のお寺で、本尊は千手観世音菩薩。
山門の扉は閉まっていたが、その脇から出入りできるようになっていたので、本堂の前でお勤めする。庫裏では御住職の息子さんだろうか、若い僧侶の方が対応してくださった。
山門の脇には足立坂東札所であることを示す石柱が立っている。
なお、この札所は細い路地の奥まったところにあり、自動車での参拝は困難。路上駐車は近所の方の迷惑になるので厳禁だ。近くの商店街にあるコインパーキングなどを利用するか、バスでの訪問をお勧めする。
【御詠歌】はらみつの かいのはかりに はとがやの
とびたつほどに おもへだいひを
(2009年4月4日巡礼=鳩ケ谷市坂下2-15-5)
※千手院の地図はこちら。
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各札所の所在地は定正寺発行の「足立坂東観音霊場巡拝案内図」に、御詠歌は同「足立坂東順礼歌」に準拠している。
2009年4月9日 1:02 AM |
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七福神 寺社巡礼 日記 観音霊場 足立坂東三十三観音
東京都心部では昨日、早々と桜の開花宣言。どうも各地とも大幅に桜の開花が早まりそうだ。
ここ数年、花見の時期には長野県の高遠に出掛けるのを常にしているので、気象台の参考情報を見ると…昨年より1週間、平年に比べると2週間近く早い、4月2日の開花予想。
ありゃりゃ…ダブルブッキングだw
というのも、来月の5~11日は、さいたま市周辺の巡礼路「足立坂東三十三観音」の中開帳なんである。名前から察しがつく通り、坂東三十三観音の「うつし霊場」なのだが、江戸や本家坂東と違って、こちらは大半の札所が地区で管理する観音堂。御開帳期間でないとお参りすらできない札所がある可能性も否定できない…。こちらの三十三観音の御開帳は午年の「総開帳」と丑年の「中開帳」だけ。したがって今回の機会を逃すと次のチャンスは5年後ということになる。この機会にぜひお参りしたい。
というわけで、今年は高遠へのお花見は中止。お花見の時は木曽七福神や伊那七福神にもお参りしたかったのだが、こちらはまたの機会ということか。木曽や伊那の七福神は御住職の法話など独自のお接待があるようで、いつか訪ねたい。
2009年3月22日 7:45 PM |
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お出かけ 円覚寺百観音 寺社巡礼 御朱印 日記 観音霊場 霊場巡礼
日曜日(15日)の「大本山円覚寺百観音霊場」巡りの続き。
札所7~9番は円覚寺山外の札所になる。
札所7番 松岡山東慶寺
円覚寺の総門を出て、JR横須賀線の踏切を渡ると、札所7番の東慶寺はすぐそこ。「縁切り寺」と書いた方が分かりやすいだろうか。そう、現在は私がかつて暮らしていた諏訪市に居を構える、あの歌手のヒットソングのタイトルになっているお寺だ(はっきり書きたいのだが某著作権管理団体への許諾申請が烈しく面倒臭いので)。但し現在は男僧のお寺である。
東慶寺の本尊は釈迦如来で、札所本尊は聖観世音菩薩。私が訪れたときは宝物殿に当たる「松ヶ岡宝蔵」で一般公開されていた(5月末まで)。観音さまの横には、きちんと御詠歌入りの鎌倉三十三観音の扁額が掲げられていた。
境内はお庭がきれい。ここは「東国花の寺」の札所にもなっていて、四季それぞれにお花が楽しめる。入り口の脇にあるヒガンザクラがもう咲き始めていた。今度はイワタバコや花菖蒲の時期に、花の寺巡礼でお参りしよう。 境内の茶室では、若い女性が集まりお茶会を催していた。
(神奈川県鎌倉市山ノ内1367)
※東慶寺公式ホームページはこちら。(公式ブログもあり)
札所8番 金宝山浄智寺
東慶寺を出て、鎌倉街道を市街地方向に少し進み、案内板に従ってJR横須賀線の踏切の手前で右折。だらだら坂を上っていくと、程なく札所8番の浄智寺に着く。
このお寺の本尊は阿弥陀如来など3体で、札所本尊は聖観世音菩薩。観音さまは本堂の裏手の一角を仕切ってお祀りされている。こちらのお寺も鎌倉三十三観音の札所になっていて、観音堂には御詠歌入りの扁額が掛かっている。
山門を入ったときの印象とは裏腹に、このお寺の境内は結構広い。源氏山に食い込んだ谷がそれだけ深いということか。拝観コースは境内の縁をなぞるように造られているので、結構歩き甲斐がある。一番奥まったところにはシイタケの原木がたくさん並べてあって、肉厚でいい感じのシイタケが何本も生えているw 途中には布袋様も祀ってあって、掲示の通りにお腹を撫ぜてきたが、御利益はあるだろうか。
(神奈川県鎌倉市山ノ内1402)
札所9番 錦屏山瑞泉寺
鎌倉市内の札所では、9番の瑞泉寺だけがほかの札所と離れている。鎌倉宮からさらに山側に15分ほど歩いたところにある。地図で見ると坂東三十三観音や鎌倉三十三観音の発願札所になっている杉本寺(杉本観音)からそう遠くない。
札所本尊は千手観世音菩薩。本堂裏手にある崖を利用した「石庭」は必見。お参りの後にゆっくり見たかったのだが、訪れた時はあいにく某県の「歩け歩けの会」が団体参拝中で、急き立てられるようにお庭を後にした。このご一行は参拝マナーも決して褒められたものではなく、結構なお年の人ばかりだったのにちょっと残念。
(神奈川県鎌倉市二階堂710)
2009年3月18日 12:43 AM |
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お出かけ 円覚寺百観音 寺社巡礼 御朱印 日記 観音霊場 霊場巡礼
鎌倉の円覚寺百観音巡りの続き。
札所4番 佛日庵
札所4番の佛日庵は、続燈庵から少し参道を下ったところにある。円覚寺の塔頭では数少ない、外来者ウエルカムのお寺だ。こちらは、円覚寺のとは別に拝観料がかかる。拝観だけの料金とお抹茶付き料金の2本立てで、小腹も空いていたし後者を選び、木戸で500円を支払う。
佛日庵は、円覚寺を開基した北条時宗の廟所として知られる。札所本尊の十一面観世音菩薩坐像は、本堂ではなく廟所にお祀りされている。お抹茶を頂いてから心行くまでお参りする。
こちらは、写経を納めないとお参りすらできないお寺があるなど、「難所」が多いことで知られる鎌倉三十三観音の結願札所にもなっている。朱印所で私のすぐ後ろに並んだ中年カップルは、「結願です」とにこやかに納経所を預かる女性に声を掛けていた。私も「おめでとうございます」と声を掛ける。あちらは、私が手にしていた納経帳に興味があるようで、朱印所で何か聞いていた。
(佛日庵 神奈川県鎌倉市山ノ内434)
札所5番 南山寿徳庵
札所5番の寿徳庵は、佛日庵からさらに少し参道を下り、札所の看板を目印に急な石段を登ったところにある。こちらは札所3番と同じく、「寺用の方以外お断り」の掲示があるのだが、後ろがいやに騒がしいと思って振り返ると、日本人ガイド?に引率された外国人グループが後をついてくる。嫌な予感がしたが、件のグループは案の定、山門のところで御住職に追い返されていた。日本人がついているんだから、注意くらいすれば良いのだが、ひょっとして(以下自粛)。私は百観音参りの来意を伝えると中に入れて頂け、「本堂でお参りしてください」とのことで、お言葉に甘える。
こちらは、戦国の世に当地周辺を治めていた三浦一族との関係が深いお寺。札所本尊は室町時代の作とされる聖観世音菩薩。両手で長い蓮の花を持つ仕草が印象的だ。
(寿徳庵 神奈川県鎌倉市山ノ内444)
札所6番 龍隠庵
結願札所を別にして円覚寺山内での打ち納めとなる札所6番の龍隠庵は、札所1番の横の小道を入って、九十九折の石段を登った小高い場所にある。
石段を登りきると、まさしく庵という感じの建物の隅に観音さまが安置されていて、その前には茣蓙が敷かれていて、お茶のお接待もある。茣蓙に上がってお参りしても構わないかと思って、お寺の人を呼ぼうと鐘を鳴らすと程なく人の良さそうな作務衣姿の若い僧侶の方が出てきた。百観音参りの来意を告げると、こちらでも「本堂でお参りしてください」とのことで少し離れた本堂に案内される。
札所本尊の聖観世音菩薩は丈が30~40センチほどだろうか。わざわざお灯明をつけて下さり、焼香してから読経する。読経が終わって御朱印が出来上がるのを待っていると、先ほどの若い僧侶の方が、お抹茶とお菓子を持ってきて下さった。僅かな納経代だけで申し訳ない…と思いながら頂き、いろいろと話が弾む。程なく御住職もお見えになり、百観音参りを始めた経緯をお話しして、いろいろとアドバイスを頂戴する。まだ回っていない札所でも無住のところなど「難所」があるようだ。「頑張って回りなさい」と励ましの言葉も掛けていただき、ありがたい限り。
あまりのお接待に、お寺を後にするとき賽銭箱の中に気持ちばかりの金額を改めて入れる。
こちらはいろいろな催しもあるようなので、また来たい。本当にいいお寺である。
(龍隠庵 神奈川県鎌倉市山ノ内450)
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円覚寺山外にある札所7~9番は、別稿で。
2009年3月16日 12:17 AM |
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お出かけ 円覚寺百観音 寺社巡礼 御朱印 日記 観音霊場
昨日の土曜日から空模様は一転して、雲一つない青空が広がる絶好のお出かけ日和。「大本山円覚寺百観音霊場」巡りの続きに出掛ける。
札所1番 瑞鹿山円覚寺
円覚寺百観音巡礼記のその1に書いた通りの事情で、発願寺はわが家から近い騎西町の龍興寺さんに定めたのだが、1番札所をいつまでも放っておくのは気分が良くない。天気も良いことだし、鎌倉まで遠出をしてみたw
JR北鎌倉駅の下りホーム先端にある臨時改札を出ると、程なく円覚寺の総門に着く。ここで拝観料300円也を払って、境内へ。木戸のすぐ先に朱印所がある。話を聞くと件数が多く結構時間が掛かるようなので、先に納経帳を預けてから札所1番にお参りする。
こちらの札所本尊は大慈大悲観世音菩薩。お寺の本尊である釈迦如来を祀る仏殿のすぐそばにある、「選佛場」に観音さまが祀られている。選佛場は僧侶が座禅を組むためのお堂。写真の通り結構な人出で、他の人の邪魔にならぬように通路の一番端で読経する。観光地化されているし致し方ないのだろうが、手も合わせずに観音さまだけ「見仏」して帰る人の多いこと…数珠を手に読経する私を怪訝な表情で見る人もいるくらいだ…怪しい風体なのは認めざるを得ないがねwww
(円覚寺 神奈川県鎌倉市山ノ内409)
※円覚寺ホームページはこちら。
札所2番 伝衣山黄梅院
札所2~6番は、円覚寺山内にある塔頭寺院。札所2番の黄梅院は、その中でも一番奥まった場所にある。歩く距離も高低差も結構あり、円覚寺の広さを実感。
黄梅院の札所本尊は千手観世音菩薩と聖観世音菩薩の2体。いずれも本堂に安置されていて通常は拝むことができないようだが、「お前立ち」ということだろうか、境内にある観音堂には別の聖観音がお祀りされている。
札所の看板はあるのだが、納経所を示す類のものがない。本堂の玄関を訪ねたら、こちらで正解だった。「よくお参りです」と声を掛けていただき、御朱印を頂けた。
別の札所で聞いたのだが、黄梅院の御住職は山内の要職も務められているようで、お留守のことが多いらしい。「一度で御朱印を頂けるとは運がいいですよ」とのことだが、これも観音さまの御加護だろうか。
(黄梅院 神奈川県鎌倉市山ノ内428)
札所3番 万富山続燈庵
黄梅院から参道を少し下りて、札所の看板を目印に石段を上がったところに札所3番の続燈庵がある。
石段の横には「寺用の方以外はお断り」の掲示があるが、「百観音巡りは大丈夫だろう」と思って石段を上がる。本堂のガラス戸が開いていて観音さまを拝めたので、外から読経して本堂の玄関で来意を告げても、人の気配がしない。しばらくすると、本堂奥の墓地などがあるところから「お参りですか?」と作業服姿の男性がこちらに声を掛けてくれる。その方が御住職だった。
本堂に上がってお参りしてほしいとのことで、御住職の仕事を止めさせて申し訳ないと思いつつ、お言葉に甘える。こちらの札所本尊は聖観世音菩薩だが、童女のような可愛らしい表情をしている。南北朝時代の作とのことで、このお寺が関東大震災の被害にあった際に、法類(お寺の親戚関係のようなもの)に当たる札所7番の東慶寺から奉安されたものと御住職は説明してくださった。
百観音霊場を知ったきっかけなど、いろいろと話が弾む。こちらの御住職、龍興寺の御住職とも親しいようである。何としても結願しなければと気が引き締まる。
(続燈庵 神奈川県鎌倉市山ノ内431)
長くなるので続きは別記事で。
2009年3月15日 11:23 PM |
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お出かけ 円覚寺百観音 御朱印 日記 観音霊場 霊場巡礼
空模様が怪しいが、近所の「大本山円覚寺百観音霊場」巡りに出掛けてきた。
札所39番 常楽山養竹院
わが家からは荒川を渡って車で30分ほどの、札所39番の養竹院さんから回る。参道の入り口が県道に面していないため、ちょっと迷うw
山門の脇にひなびた観音堂があって、そちらに「大本山円覚寺百観音霊場三十九番札所」の扁額が掛かる。札所本尊は千手観世音菩薩。
観音堂でお参りして読経してから農家然とした本堂へお参りに伺うと、ご住職の奥様が出てこられ、「○○(管理人の苗字)さんですか?」と聞かれる。「龍興寺さんから電話がありましたから」とのことで、心配りに感謝。お話好きな奥様で、昔話やら霊場巡礼のことやら、いろいろと話が尽きない。札所本尊の千手観世音菩薩は地域で「子安観音」と呼ばれていて、安産に霊験あらたかなのだとか。「あなたはもうお子さんいらっしゃるの?」と聞かれたので「いえいえ、相手がおりませんで…」と答え、二人で呵呵大笑www
このお寺は太田道灌の子資家が父を供養するために開基したとされ、境内には「太田道灌の陣屋跡」の石碑がある。昔は隣接する八幡神社を含め境内地は広大だったそうだが、農地改革などで今のような姿になったのだとか。
縁側に持ってきて下さった朱印を納める箱の中に「中武蔵三十二番札所」という印があったので尋ねると、この地域のお薬師様の巡礼路とのこと。来年の寅年が御開帳だそうで、ちょっと楽しみだ。鬼に笑われそうだがw
山門の脇には、「中武蔵札所」であることを示す新しい石碑も建っている。
(養竹院 埼玉県川島町表9)
養竹院の地図はこちら。
札所38番 大龍山清河寺
札所39番から再び荒川を渡り、札所38番の清河寺(せいがんじ)さんへ。ここも県道からの入り口が分かりにくく、ちょっと迷う。やっぱり車にナビをつけないとダメか…www
本堂や庫裏を建て直して間もないようで、木の香りがしてきそうな感じだ。足利一族との関係が深い古刹で、札所本尊は千手観世音菩薩。山門を入って左側にある「慈水堂」と名付けられた観音堂の中にお祀りされている。
路地から100メートルほどの参道の両側には、見事な梅の並木。いい香りが漂っていた。簡素ながら美しい、いかにも臨済宗という感じのお寺だ。
(清河寺 さいたま市西区清河寺792)
※清河寺の地図はこちら。
札所41番 寶王山少林寺
札所38番から国道17号を北上し、上尾卸売市場がある交差点を右折して、札所41番の少林寺さんへ向かう。
上尾市の文化財に指定されている朱塗りの山門の脇に、百観音霊場の幟が立っている。1288年開基の古刹で、本尊は聖観世音菩薩。
このお寺のある一帯は西門前という地籍なのだが、その「門前」とはこの少林寺門前のことを指している。昔は相当大きなお寺だったようだ。境内では四季の草花が楽しめるが、その美しさも伝統のなせる技か。本堂にはおびんずる様も安置されている。
お寺から頂いた略縁起の末尾に、大本山円覚寺百観音と並んで「足立新秩父34ヶ所第十二番札所」の文字があった。ご住職に伺うと、江戸時代に始まった秩父札所の「うつし霊場」で、現在では廃寺になっている札所もあって、全部回るのは難しいのでは…とのこと。午年ごとの総開帳の連絡も30年以上絶えているそうで、「音頭取りをする人がいなくなっているのだろうなあ。うちのお寺の御詠歌もあるのですが」と、残念そうなご様子だった。
(少林寺 埼玉県上尾市西門前399)
※少林寺の地図はこちら。
札所40番 瑞露山密厳院
上尾市の西北部、歩いて数分で桶川市という場所にある札所40番の密厳院(みつごんいん)さんを訪ねる。
このお寺、実は先週も一度訪れている。その時はデジカメを家に置いてきてしまったのと、無住のようで納経先などが分からず、龍興寺さんで教えて頂いて改めて出直した次第。札所本尊は如意輪観世音菩薩。山門に百観音霊場の扁額が掛かる。養竹院と同様、太田家との所縁が深いお寺という。境内には新しい六地蔵と並び、古びた「馬頭観世音」の石碑が建つ。お堂の横に妙な空間があるのは、馬頭観世音を祀っていたことの名残か。
密厳院は、桶川市の知足院を札所1番とする坂東札所のうつし霊場、足立坂東(北足立)三十三観音の20番札所でもある。別のお寺で聞いた話では、足立坂東三十三観音は午年ごとの総開帳の伝統は守られているようだ。百観音の納経は、養竹院で受けて頂ける。
(密厳院 上尾市藤波2-196)
※密厳院の地図はこちら。
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先日書き漏らしてしまったが、円覚寺百観音の大半の札所は、通常の檀家寺。この点は江戸三十三観音も同じなのだが、こちらはまだまだ巡礼者が少ないし、事前にお寺にお参りの日時を連絡しておいた方が良い。ご住職が不在の場合は納経が受けられないお寺もある。
2009年3月8日 11:55 PM |
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お出かけ 円覚寺百観音 寺社巡礼 御朱印 観音霊場 霊場巡礼
臨済宗円覚寺派が開創した、「大本山円覚寺百観音霊場」を回り始めた。
この霊場を知ったのは、本当にひょんなきっかけ。隣町の巨大ショッピングセンターに買い物に行こうと車を走らせていたら、たまたま前を通ったお寺さんの前に、「観音霊場」と書かれた青い幟が掲げられているのが見えた。この辺りは江戸時代の開創とされる「忍領西国霊場」「忍秩父三十四札所」などの巡礼が盛んだった土地柄なのでその類かと思い車を路肩に寄せて幟をよく見ると「臨済宗円覚寺派百観音霊場」と書いてある。
たまたま、ご住職夫妻が生け垣に水を撒かれていたので声を掛けると「臨済宗円覚寺派でつくった観音霊場です。資料があるのでお暇なときに寄ってください」とのことだった。
後日、改めてこの龍興寺さんを訪ね、ご住職夫妻から回り方などを伺う。先に伺った通り、臨済宗円覚寺派のお寺だけで構成する観音霊場で、札所1番は大本山円覚寺の聖観世音菩薩、結願札所はやはり円覚寺の百観音で、現在は神奈川、埼玉、静岡、栃木、群馬、新潟の各県に札所が点在しているようだ。札所になっているお寺で専用の納経帳を受けて回る決まりという。唱えるお経は般若心経で良いそうだ。興味がわいたので、納経帳を受けてお参りすることにした。
札所43番 大光山龍興寺
本来ならば鎌倉にある札所1番の円覚寺から回らなければいけないのだろうが、この霊場の存在を知ったきっかけから、わが家最寄りの札所43番、龍興寺さんを発願札所に定める。
このお寺は騎西町上崎地籍だが鴻巣市との市町境に近く、公共の交通機関で行く場合はJR高崎線の鴻巣駅を使った方が便利で、市町境の近くまではコミュニティバスもある。お寺の本尊は釈迦如来で、札所本尊は千手観世音菩薩。
境内はいかにも臨済宗らしい枯山水の趣で、簡素な中にも清々しさが漂う。本堂のそばにある法話の掲示板はご住職の直筆のようで、話題の選び方や話の中身が身近で分かりやすい。このお寺は足利氏との関係が深かったようで、境内に足利持氏、春王、安王の供養塔がある。境内が広く感じるのもそれ故か。
ご住職は元気で人当たりがよく、法話も上手そうにお見受けした。県内の守り本尊霊場を回っていることを話し、私が午年であることを言うと、「同じだね」とにっこり笑われた。この霊場の回り方についてもアドバイスを受けた。「札所巡りをしているとどうしても欲が出て、一日に多くのお寺を回ろうとしがちだが、それではいけない。お参りには時間が掛かるものだし、欲を出してはいけない。1日に5つのお寺を回ろうとして、実際には4つ回るくらいのつもりでちょうど良い」「札所を回ろうと発願する、その気持ちこそが大切」とご住職はおっしゃる。行田霊場や江戸三十三観音を回った経験からご住職のアドバイスは頷けるものばかりで、この霊場巡りからはゆっくり回ろうと心に誓う。
次に回るお寺が無住のような気がしたので尋ねたら納経所になっているお寺を教えていただき、わざわざ電話連絡までして頂いた。ただただ感謝。
何せ広いエリアの霊場、結願を急がずのんびり回ろうと思う。
(龍興寺 埼玉県北埼玉郡騎西町上崎1890)
※龍興寺の地図はこちら。
2009年3月7日 11:43 PM |
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お出かけ 寺社巡礼 御朱印 江戸三十三観音 観音霊場 霊場巡礼
ちょっと雲行きが怪しかったが、江戸三十三観音巡りの続きに出掛けてきた。
札所32番 世田谷山観音寺
JR超ド田舎線の電車が荒川を渡って東京都内に入るころから、外は雨模様。池袋の辺りでは結構しっかり降っていたが、せっかくここまで来たのだし、このままお参りを続ける。幸い、渋谷で電車を降りたときはほとんど雨は上がっていた。札所32番は渋谷から三軒茶屋まで東急田園都市線を使っても良いのだが、空模様が心配で札所の近くまで運んでくれるバスに乗る。
札所32番の世田谷山観音寺は、「世田谷観音」の通称で知られる祈願寺。江戸三十三観音で唯一の、特定の宗派に属さない単立寺院だ(開基の経緯から天台宗や浅草寺との関係があるようだが)。お寺の本尊である聖観世音菩薩がそのまま札所本尊になっている。
戦後、それも在家出身の住職の開基と聞いていたが、鬱蒼とした緑に包まれている境内は古刹の趣が漂う。住宅街のど真ん中にあるのだが、参拝者の姿が絶えないのは、それだけ地域に親しまれているお寺ということだろうか。
実はこのお寺にお参りするのがちょっと楽しみだった。江戸三十三観音を扱ったサイトで、「住職が法話好きでなかなか帰してくれない。ある意味で江戸札所の難所」などと紹介されていたからだ。
本堂の前でお参りしてから寺務所に納経に伺うと、出てこられたのは副住職と思しき若い男性。さすがに境内をくまなく案内されたり本堂で読経や法話を…ということはなかったが、朱印帳を見ながらあれこれ話が弾む。埼玉県から出てきて巡礼していることに感心されたのは、ちょっと面映い。
納経の時に「ぜひ本堂に入ってお参りしてください」とのことだったので、例によってお言葉に甘える。
元々は伊勢長島の興昭寺の本尊だったという観音さまは、近くで見ると結構な迫力で、風雪に耐えてきたことを感じさせない、いいお顔をされている。脇侍には月光・日光の両菩薩。マリア観音を祀っているのは、東京のお寺では珍しいだろう。
本堂の中には布袋尊も祀られていて、近くには地元警察署が奉納した宝船も。一種の防犯策なんだろうが、地域に密着したお寺の証でもある。
寺務所で次は目黒不動尊にお参りする旨を話すと、「乗り換えなしで行けるバスがあります」と、バスを降りてから目黒不動尊までの道順を記した紙まで頂いた。江戸三十三観音では最もフレンドリーな対応をして頂けるお寺であることは間違いなく、こういう心配りが巡礼初心者には嬉しい。
(世田谷区下馬4-9-4)
※世田谷観音公式ホームページはこちら。
札所33番 泰叡山瀧泉寺
大鳥神社前でバスを降り、「目黒寄生虫館」の脇から札所33番への裏参道に入る。「寄生虫館」というとグロ系の展示を想像してしまうのだが、カップルが多く出入りしている。実際はどうなんだろうか…。
札所33番は、通称の「目黒不動尊」と書いた方がピンとくる人が多いだろう。山号で察しが付くように天台宗のお寺で、本尊は不動明王。札所本尊は聖観世音菩薩で、寺務所そばの観音堂にお祀りされている。境内は賑やかさはないものの、参詣者の姿が絶えない。江戸五色不動の一つで、境内のあちこちに不動明王が祀られている。境内は結構な高低差があり、境内に点在するいろいろなお堂をお参りして回ると、結構な運動量だ。墓地には甘藷先生こと青木昆陽が眠り、それとは別に石段近くには昆陽の顕彰碑もある。
番外札所は先に回っているので、今回の江戸三十三観音めぐりはこれで結願。納経に伺うと、係の人が朱印帳を見て「結願ですか?」と聞いてくるのでその旨答えると、「お参りご苦労さまでした」と、「結願成就」の印を朱印帳に押してくださった。感激…。
(目黒区下目黒3-20-26)
※目黒不動尊の公式ホームページはこちら。
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発願から2カ月弱で結願できたのは、ちょっと意外。この間、週末の天気が良かったことが多いのが最大の要因だが、これも観音さまのおかげと言ったら考えすぎか。どのお寺でも親切に対応して頂いたし、3分の2以上のお寺で本堂に上げていただいてお参りできたのは、これまでにない経験で良かった。お寺でお参りしている間は仕事など諸々のストレスを一時ではあっても忘れることができるし、静かな空間は気を休めてくれる。東京都内のお寺めぐりということでとにかく歩けるのも、私のようなメタボ人間には嬉しい限りだ。
しばらくしたら、今度は実家に暮らす両親のため、再び江戸三十三観音の巡礼路を歩いて回ろうと思っている。取りあえずこの次はどこの霊場を回るか。私の霊場めぐりはウオーキングも兼ねているので東京周辺の霊場が主になるが、どこにしようか…。
2009年3月1日 9:48 PM |
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お出かけ 寺社巡礼 御朱印 江戸三十三観音 観音霊場 霊場巡礼
品川周辺の江戸三十三観音めぐりの続き。
札所30番 品川成田山不動尊一心寺
札所30番の一心寺には品川から京浜急行に乗って行こうと思っていたのだが、29番の目の前にある「高輪警察署前」を通る93系統の都バスで近くまで行けることが分かり、迷わずそちらに乗る。「東品川1丁目」でバスを降り、停留所近くの路地を通って旧東海道に出ると、程なく一心寺に着く。
ここは「成田山」の名を冠している通り真言宗智山派のお寺で、札所観音は聖観世音菩薩。平成4年9月からそれまでの海晏寺(かいあんじ)に代わり、江戸三十三観音の札所30番を務めている。
このお寺には、今年の正月に東海七福神参りをしたときにも訪れている。その時は結構な賑わいだったが、立春を過ぎて七福神の受け入れが終わった今は境内は静かそのもの。お寺そのものが田舎のお堂のようなコンパクトな造りだから、この方が雰囲気があって私は好きだ。
読経してから呼び鈴を押すと、ワンちゃんがお出迎え。お寺の犬らしく人懐っこい。程なくご住職の奥様と思しき女性が出てきて、納経の対応をして下さる。
小さなお寺だが、江戸幕府の大老・井伊直弼が開山の名刹である。現在は、延命と商売の御利益を得ようと詣でる人が多い。
(品川区北品川2-4-18)
札所31番 海照山普門院 別格本山品川寺
札所31番の品川寺へは、30番から旧東海道を15分ほど南へ下る。小さなお店が軒を並べる商店街が続くが、活気があって賑わいが絶えない。大型店の進出などでシャッター通りと化す地方都市の商店街とは対照的だ。目印は山門脇に鎮座している大きなお地蔵さま。
このお寺はその立地から「しながわでら」と読まれることが多いが、本来の読み方は「ほんせんじ」で、真言宗醍醐派のお寺だ。札所本尊は水月観世音菩薩と聖観世音菩薩で、ともに秘仏。また東海七福神の毘沙門天を祀っているほか、東海三十三観音や江戸六地蔵の札所にもなっている。
本堂に相対している大梵鐘の逸話は有名。廃仏毀釈の嵐で海外に搬出された鐘を関係者の努力で取り戻し、その縁をきっかけに品川区とスイスのジュネーブ市が姉妹都市縁組を行うことになる経過は、お寺の公式ホームページに詳しい。
(品川区南品川3-5-17)
※公式ホームページはこちら。
番外札所 龍吟山千躰荒神殿海雲寺
江戸三十三観音唯一の番外札所である海雲寺は、31番のすぐそば。曹洞宗のお寺で、本尊は十一面観世音菩薩。
このお寺は、かまど(火)の神様である千躰荒神を祀るお寺として名高い。上の写真でいかにも本堂然としている大きなお堂は実は荒神さまが祀られていて、本尊の観音さまはその右側の小さなお堂に安置されている。間違ってお参りする人が絶えないようなので、注意が必要だ。
3月と11月の下旬に開かれる荒神さまのお祭りは盛大なもののようで、「釜おこし」が名物という。納経をお願いするとお姿を一緒に頂けたが、そのお姿も荒神さまのものである。
(品川区南品川3-5-21)
残るお寺はあと2つ。
次回は32番札所の世田谷観音にお参りする。
2009年2月22日 11:09 PM |
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お出かけ 寺社巡礼 御朱印 江戸三十三観音 観音霊場 霊場巡礼
昨日の土曜日(2月21日)は、朝から絶好のお参り日和。江戸三十三観音巡礼の続きに出掛ける。今回は、品川周辺の札所を回る。
札所26番 周光山長寿院済海寺
上野でJR京浜東北線に乗り換え、田町へ。ここから札所26番の済海寺まで歩く。途中には新聞社の方にはおなじみ(笑)の輪転機メーカー「東京機械製作所」の本社がある。札所近くは急な坂道で、出だしから寄る年波を実感www
札所26番の済海寺は浄土宗のお寺で、都心のお寺と思えないくらい、境内は広い。建物もモダンなコンクリート造りだが、「お寺らしさ」を残しているのはさすが。あまり言いたくはないが、真宗系の寺院などでは最近、「訪れる人を拒否する」ような趣の建物が多いんだよな。
札所本尊の「亀塚(きちょう)正観世音菩薩」は、境内に入ってすぐの左側、観音堂に安置されている(浄土宗のお寺なので言わずもがなだが、お寺の本尊は本堂にある阿弥陀如来)。観音堂の扉は閉ざされていて、「お前立ち」なのか、本尊の写真が入り口脇に掲げられている。札所会発行の公式ガイドブックには「本堂内に安置され一般に公開されている」とあるが、何らかの事情で秘仏に戻したのだろう。納経所は本堂入ってすぐの受付。
亀塚t正観世音菩薩とは聞き慣れない観音さまだが、亀の上に聖観音が立たれている珍しいもの。この辺りは以前は海岸で、亀にまつわる言い伝えがいろいろあるらしく、そこに由来しているのだろうか。隣接する公園も「亀塚公園」という名前だ。このお寺には日本で最初のフランス公使館が設けられ、境内にはそれを示す石碑も建っている。お寺とフランス公使館という組み合わせが興味深い。
(港区三田4-16-23)
札所25番 三田山魚籃寺
道順の関係で、先に26番を打ってから札所25番の魚籃(ぎょらん)寺にお参りする。ここは正式の寺名より、「魚籃観音」の通称の方が有名だ。札所26番からはゆっくり歩いて10分ほど。
都内や近郊では有名な部類の観音さまなので広い境内を想像していたのだが、行ってみると結構コンパクトなお寺だ。このお寺も浄土宗で、札所本尊は「魚籃観世音菩薩」。その名の通り、魚の入った籠を腰に下げた、麗しい女性の姿の観音さまである。
お寺で頂いた縁起書によると、魚籃観音はもともと中国で信仰の厚かった観音さまで、仏法を広めるために魚売りの若い女性に姿を変えた観音さまにまつわる故事に由来するものだという。庫裏の玄関に江戸時代の書物の挿絵に彩色したものが掲げられているが、現在より境内も広いと思しき境内には茶店などもあり、多くの人でにぎわっている。納経の対応をして頂いたご住職の奥様によると、「当時は信徒寺で、参詣者でにぎわっていたようです」とのこと。その絵のそばには、魚籃観世音菩薩のレプリカが安置されている。
境内にある「おさかなの家」は、難病と闘う子どもとその親のための安価な宿泊施設「ファミリーハウス」のはしり。仏教ホスピスなどとともに、お寺の新たな社会への関わり方の一つだろう。美肌に霊験あらたかとされる「おしろい地蔵」もすぐ近くである。
(港区三田4-8-34)
札所27番 来迎山道往寺
札所27番の道往寺は、魚籃寺から歩いて10分ほどで、今度は下り一方なので楽だw。ただ、魚籃寺方面から歩いてくると境内に向かう路地が見つけにくいので、道に迷いかけたら第一京浜まで出てしまった方が良い。目印は参道に接しているイラク大使館。
ここは浄土宗のお寺で、札所本尊は「聖観世音菩薩」と「千手観世音菩薩」の2体。境内はコンパクトで、本堂も田舎のお寺を彷彿とさせる造り。モダンな造りのお堂が多い江戸三十三観音だが、こういうお寺にお参りできると、どことなくほっとする。江戸三十三観音めぐりの入門書『昭和新撰 江戸三十三所観音巡礼』(朱鷺書房)にもその佇まいが絶賛されているのが頷ける。
先代ご住職(故人)の奥様が納経の対応をしてくださり、お寺の由来などをいろいろ伺う。趣の深い本堂は、戦災で焼け残ったものを戦後になり現在地へ曳き家したものという。当時は広大な境内だったことや、もともとは札所26番の隠居寺だったことなどを教えていただいた。「阿弥陀様の教えに従い、できる限り今のままの姿でやっていきたい」というお話に心を打たれる。奥様の対応も丁寧で、ありがたい限り。私の住まいの近くのあるお寺で、高校生くらいの娘さんが納経の対応を一生懸命されていたことを話すと、非常に感心されていた。
(港区高輪2-16-13)
札所29番 高野山東京別院
第一京浜を南に歩いて、札所29番の高野山東京別院に向かう。途中に「江戸六阿弥陀」の石碑があるお寺があったが、六阿弥陀は城北方面のはずで、それとは別なのだろうか…埼玉県内の観音霊場でも、違う巡礼路に同じ名前が付いているケースがあるのだが。
高野山東京別院は、その名の通り高野山真言宗の総本山、金剛峯寺の東京別院。札所本尊は聖観世音菩薩で本堂の中に安置されているが、それとは別に大きな石像の観音さまが本堂脇に祀られている。お寺の本尊は弘法大師。永平寺の別院である札所22番と同じく、若い僧侶の修行道場としての位置付けられているようだ。
訪ねた時は「お大師様の日」の法要の真っ最中で、法要が終わるのを待ってから本堂にお参りする。ここは遍路道の「御府内八十八箇所霊場」の発願札所を兼ねていて、本堂の中には納め札を入れる箱が用意されている。納経所では御府内八十八箇所めぐりをしている男性と一緒になった。
(港区高輪3-15-18)
長くなるので続きは後ほど。
2009年2月22日 9:53 PM |
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